2018年5月6日礼拝メッセージ

『実りある人生は聞くことから始まる』

マタイ13:1-23

Matt. 13:1 その日、イエスは家を出て、湖のほとりにすわっておられた。

Matt. 13:2 すると、大ぜいの群衆がみもとに集まったので、イエスは舟に移って腰をおろされた。それで群衆はみな浜に立っていた。

Matt. 13:3 イエスは多くのことを、彼らにたとえで話して聞かされた。

 「種を蒔く人が種蒔きに出かけた。

Matt. 13:4 蒔いているとき、道ばたに落ちた種があった。すると鳥が来て食べてしまった。

Matt. 13:5 また、別の種が土の薄い岩地に落ちた。土が深くなかったので、すぐに芽を出した。

Matt. 13:6 しかし、日が上ると、焼けて、根がないために枯れてしまった。

Matt. 13:7 また、別の種はいばらの中に落ちたが、いばらが伸びて、ふさいでしまった。

Matt. 13:8 別の種は良い地に落ちて、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結んだ。

Matt. 13:9 耳のある者は聞きなさい。」

Matt. 13:10   すると、弟子たちが近寄って来て、イエスに言った。「なぜ、彼らにたとえでお話しになったのですか。」

Matt. 13:11 イエスは答えて言われた。「あなたがたには、天の御国の奥義を知ることが許されているが、彼らには許されていません。

Matt. 13:12 というのは、持っている者はさらに与えられて豊かになり、持たない者は持っているものまでも取り上げられてしまうからです。

Matt. 13:13 わたしが彼らにたとえで話すのは、彼らは見てはいるが見ず、聞いてはいるが聞かず、また、悟ることもしないからです。

Matt. 13:14 こうしてイザヤの告げた預言が彼らの上に実現したのです。

  『あなたがたは確かに聞きはするが、

  決して悟らない。

  確かに見てはいるが、決してわからない。

Matt. 13:15  この民の心は鈍くなり、

  その耳は遠く、

  目はつぶっているからである。

  それは、彼らがその目で見、その耳で聞き、

  その心で悟って立ち返り、

  わたしにいやされることのないためである。』

Matt. 13:16 しかし、あなたがたの目は見ているから幸いです。また、あなたがたの耳は聞いているから幸いです。

Matt. 13:17 まことに、あなたがたに告げます。多くの預言者や義人たちが、あなたがたの見ているものを見たいと、切に願ったのに見られず、あなたがたの聞いていることを聞きたいと、切に願ったのに聞けなかったのです。

Matt. 13:18 ですから、種蒔きのたとえを聞きなさい。

Matt. 13:19 御国のことばを聞いても悟らないと、悪い者が来て、その人の心に蒔かれたものを奪って行きます。道ばたに蒔かれるとは、このような人のことです。

Matt. 13:20 また岩地に蒔かれるとは、みことばを聞くと、すぐに喜んで受け入れる人のことです。

Matt. 13:21 しかし、自分のうちに根がないため、しばらくの間そうするだけで、みことばのために困難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまいます。

Matt. 13:22 また、いばらの中に蒔かれるとは、みことばを聞くが、この世の心づかいと富の惑わしとがみことばをふさぐため、実を結ばない人のことです。

Matt. 13:23 ところが、良い地に蒔かれるとは、みことばを聞いてそれを悟る人のことで、その人はほんとうに実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結びます。」


一麦ゴスペルチャーチ

一麦ゴスペルチャーチはプロテスタントのキリスト教会で、活けるキリスト一麦の群に所属しています。 名古屋市天白区の植田駅より徒歩1分の日映スタジオで毎週日曜日11:00から礼拝を捧げています。